満開の曼殊沙華と愛車

巾着田の曼殊沙華と武蔵野の鉄道遺構を巡るサイクリング

多摩川サイクリングロードからスタート!

多摩大橋より上流をのぞむ

まずは多摩川までやってきました!

みなさんこんにちは♪♪
多摩センター店の”テツ店長”ことスタッフ河井がお送りするのは、秋の訪れを告げる”曼殊沙華(ヒガンバナ)”の名所を目指すサイクリングのレポートです!

とは言えそこはテツ店長のサイクリング、ただ目的地を目指すだけのサイクリングでは物足りないので、今回は武蔵野台地に点在する気になる鉄道スポットを巡ってゆきたいと思います。

この日目指すのは埼玉県の飯能からさらに奥にある場所なので、いったん多摩川に出てからサイクリングロードをさかのぼり、終点の羽村からさらに北上するコースをとる事にしました。

八高線多摩川橋梁列車衝突事故碑

八高線列車事故のモニュメント

サイクリングロード沿いにある列車事故のモニュメントは、多摩川から引き揚げたホンモノの車輪

まず出てきたのはサイクリングロードと八高線の多摩川橋梁が交差するところに置かれたモニュメント。

こちらは1945年8月24日に起こった列車正面衝突事故の慰霊碑となります。終戦直後の混乱期に悪天候の中の信号故障や時間人為的ミスなどが重なり、両方向から来たSL列車が橋の上で正面衝突して、乗客の多くが増水した多摩川上に投げ出されて死傷したというたいへん痛ましい事故だったそうです。

モニュメントとして置かれた車輪ですが、事故後ながらくそのまま多摩川の中州に放置されていたものを2001年に引き上げ、2004年からこの場所で永久保存ずるようにしたようなので、気になる方はサイクリングロードを通りがかった際には一度止まってみてください。

五日市鉄道の廃線跡に寄り道

五日市鉄道大神駅

もと五日市鉄道の”大神駅”跡にあるモニュメント

五鉄通りのモニュメント

廃線となった五日市鉄道の軌道は”五鉄通り”として、そこに鉄道が走っていたことを今に伝える

八高線をくぐったら、いったん多摩川をはなれて次の鉄道スポットに向かいましょう!

おおむね八高線の高崎方面に沿って1kmちょっと走ると、次に現れたのはかつて立川と五日市を結んでいた”五日市鉄道”の廃線跡になります。

こちらの廃線跡は、現在”五鉄通り”という名前で一般道路に転換されているのですが、その五鉄通りと八高線が交差するあたりに五日市鉄道の”大神駅”という駅があったそうで、今はその場所にモニュメントが飾られて、その昔ここに鉄道が走っていたことを伝えてくれています。

そんな五日市鉄道跡の少し北には、今もJRの青梅線・五日市線が走っていますが、これも戦前は青梅電気鉄道という私鉄路線で五日市鉄道の立川~拝島間は両線が並行している状態で、その後五日市鉄道は南武鉄道(現在のJR南武線)と合併して、さらにその後に青梅電気鉄道とともに国有化され、並走区間は廃止になったといった歴史のようです。

それにしても廃線になったのが戦時中の1944年ですから、ずいぶんと時間が経っているにもかかわらずその痕跡が残っていることだけでも心が躍ってしまうワタシなのでした(笑)

ふたたび多摩川サイクリングロードを遡る

晴天の多摩川サイクリングロード

平日の多摩川サイクリングロードは人も少なくとても走りやすい(笑)

ちょっぴり寄り道したあとは、ふたたび多摩川サイクリングロードに戻ってきました!

先ほど見てきた五日市鉄道の拝島~五日市間は現在もJR五日市線として現役であり、途中五日市線の多摩川橋梁をくぐりながら、そんな鉄道の歴史に思いを馳せつつ多摩川をさかのぼってゆきます。

羽村取水堰

多摩川サイクリングロードの終点、羽村取水堰は”投渡堰”と言われる、とても古い方式を用いたダムなのだそう

多摩川サイクリングロードはここ羽村取水堰までとなるので、この先はいったん奥多摩街道に入ってもう少し多摩川をさかのぼってゆき、途中から針路を北に向けて飯能を目指します。

飯能駅近くにある西武鉄道の計画線を覗いてみる

西武鉄道ラビュー

踏切が鳴りだしたと思ったら、めっちゃインパクトのある電車がやってきました!

西武鉄道飯能短絡線予定地

池袋線と秩父線を短絡する予定(だった)の広い敷地が健在だった

飯能市街に入ったら、ここでちょっと気になる鉄スポットにお立ち寄りを…

というのも、ここにある飯能駅が西武池袋線と秩父線の結節点となっており、上から見ると線路がY字型に敷かれていて、列車が駅に到着したら、今度は逆方向に出発してゆくという、いわゆる”スイッチバック”構造となっているのがまずポイント!

そしてここにはそんなスイッチバックの手間を省くための、2本の路線を短絡する線路を敷くための用地が準備されているらしく、鉄道マニア的には気になって仕方がない(笑)

線路沿いを探索していると、いろんな電車が次々やってくるのでそれはそれで楽しいのですが、まもなくそれらしき空き地を発見!
池袋線の飯能駅手前からきれいなカーブを描きながら秩父方面に向かって敷地が延びて、秩父線の東飯能駅の手前で合流するようになっているようです。

今のところ、ここに線路を通す予定はないそうですが、今後秩父の観光需要ががもっと伸びてゆけば可能性が無いとも言えないのか、イチ鉄道ファンとしては気になるところです。

八高線高麗川駅からのびる廃線を散策

太平洋セメント専用線

高麗川駅から延びる、今はもう使われていない廃線跡

ポッポ道解説板

こんな貨物列車が走っていたかと思うだけで胸アツのテツ店長でした…

飯能の街を離れて、お次は八高線と川越線の接続する”高麗川駅”にやってきました!

ここにはかつて”太平洋セメントの埼玉工場専用線”と呼ばれた廃線があり、平成11年まではここで生産されたセメント出荷するための貨物列車が走っていたそうです。
平成12年に廃線になって以来ながらく放置されていたものが、最近になって地元の日高市に譲渡されて遊歩道として整備されたようなので、ちょっと立ち寄ってみた次第。

さっそく探索を開始すると、高麗川駅から北に向かう八高線と東に向かう川越線の間に、謎の線路が見つかり鼓動が高まります!
線路自体はすぐに途切れてしまっていたので、その先は見当をつけてさらに探索を続けると…

いかkポッポ道の遺構

遺構が数多く残っているのがのがうれしい(笑)こういう演出は大切です!

線路自体は無くなってキレイな舗装路に変わってしまっていますが、盛り土やカーブの感じからここが軌道であったことがすぐにピンときます!

さらに進んでゆくと、ところどころに踏切灯や標識などの遺構も残されており、カジュアルに廃線感があってこれはこれで良い感じです(^^♪

ちなみにこの道路は歩行者専用道路という扱いで、自転車で走る事は出来ません。まあここは距離も短いので自転車からは降りて廃線散歩といった気分で、ゆったりと見学するのが良いでしょう(笑)

ランチは高麗川駅近くにある武蔵野うどんのお店で

高麗川の人気うどん店

落ち着いた雰囲気のうどん専門店

武蔵野うどん

鴨汁うどんと野菜かきあげのセットは、うどんのコシの強さがたまらない!

存分に鉄分補給はできましたが、すっかりお昼も回ってお腹も空いてきたので、すぐ近くにあるうどん店に立ち寄ることにします。

こちらで出てくるのが、いかにも”武蔵野うどん”といった佇まいで、太くてコシのある麺で噛み応え、喉越し共に大好きなタイプで美味しくいただきました(笑)

いよいよ500万本の曼殊沙華が咲き誇る巾着田へ!

曼殊沙華公園入口

いよいよやって来ました!ここで入場料¥300を払っていざ曼殊沙華の楽国へ

お腹を満たしたところで、ここから本命の曼殊沙華鑑賞に向かいます!

高麗川駅から約3kmほど離れたところにある、高麗川が蛇行してできた円形の平地はそのカタチから”巾着田”と呼ばれ、今は曼殊沙華(ヒガンバナ)の群生地として、全国に名を馳せる有名観光地となっています。

確かに駅から向かう道路は平日にもかかわらずクルマがあふれかえり、かなりの渋滞を引き起こしていました!まあそんなときこそ自転車の出番とも言えるのですが、渋滞知らずで現地まで入り、入り口近くにある自転車スタンドまでノンストップな機動力の高さを見せつけてくれました。

満開の曼殊沙華

一面赤いジュータンに見とれる…

白い曼殊沙華

良く見るとほんの少しだけ白い曼殊沙華が…

さっそく曼殊沙華公園内にあ入ってみると、まあ一面真っ赤で単純に綺麗というよりその迫力に圧倒されました。

さらに敷地も広大で”500万本の曼殊沙華”のキャッチフレーズもまんざら誇張ではないという気がしてきます(汗)

曼珠沙華公園

平日にもかかわらず多くの観光客で賑わっていました

曼殊沙華公園

雑木林の中に咲く500万本の曼珠沙華

さすが全国区の人気観光地といった感じで、その人出も相当なものでしたが、幸い公園が広いので渋滞するほどでもなく、ひとり気の向くまま花見を楽しんだのでした(笑)

まあ平日なのでこの程度で済んだのかも知れませんが、きっと休日はもっともっと賑っているのでしょうね…

何はともあれ、今回はタイミング良く満開の時期にピタリと合わせて訪問することが出来て、本当に素晴らしい風景を満喫させてもらいましたが、それにしても神秘的な風景で、本当に一生に一度は来てみた方が良いと思いますので、来年は是非いらしてみてください!

≪おまけ≫帰り道も気になる鉄道遺構探索へ

中神引込線標識

昔ここが線路だったことの証

すっかり時間が経ってしまい、夕暮れの迫るなか帰路を急ぎ、狭山湖&多摩湖経由で一気に南下して立川までやって来ました!

この日最後に見ておきたかったのは、青梅線の中神駅から出ていた”立川基地引込線”または”中神引込線”と呼ばれる廃線跡で、今は市道に転換されていますが、通りの名前に当時からの名前を残していました。

戦時中の1943年に敷設され、もともとは立川にあった陸軍の飛行機製造工場への資材運搬用の貨物線だったそうですが、戦後は米軍に接収されて、立川基地で使用する航空燃料や重油の輸送に使われていたそう。

中神引込線モニュメント

ほんの少しでも線路が残されていると、それだけでもテンション上がります!

そんな歴史を背負った”中神引込線通り”ですが、入り口を見つけて実際に走ってみると一見ごくフツーの道路といった感じです。
1978年から40年以上の歳月が経っているのでムリもないところですが、しばらく進んでゆくと当時分岐点だった場所に、記念碑として転てつ器(ポイント)が置かれていました。

こういった現物が一点あるだけで、リアルにレールが繋がっていた昭和の時代風景が蘇ってきてしまうテツ店長なのでした(笑)

こうして一日たっぷりと鉄道の歴史と旬の季節風景をサイクリングできて、個人的には満足度の高い休日でしたが、読者の皆様はいかがでしたか?
これから寒くなりますが、史跡めぐりやグルメライドなど、興味あるテーマでみなさんも自由に楽しんでくださいね!

それではまた!!

こちらもおすすめ

こちらもおすすめ